今月の一冊:奈良康明/下田正弘編『仏教の形成と展開』(新アジア仏教史02インドⅡ) 佼成出版社、2010年、ISBN:978-4-333-02430-8

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2013年9月9日

平岡三峰子(芸術学コース非常勤講師)

 ただでさえ暑い盛りなのに三日間で数千年のインド美術史を急ピッチで概観する「アジア美術史3(インド)」のスクーリング教室は、毎年さらに加熱します。専ら宗教美術に関わる古代~中世美術の作品解説に先だって仏教やヒンドゥー教の成り立ちを手短に解説することになりますが、そこが思考回路オーバーヒートの危機的ポイント。受講生にコンパクトで扱いやすい参考書があればと常々考えていたところ、去年から今年にかけてインドから中国、朝鮮、日本さらに東南アジアやチベットまでも視野に入れた新アジア仏教史シリーズ(全1 5巻)が刊行されました。そのうち第1巻~ 3巻はインドの複雑で難解な思想史を理解する上で格好の手引き書となっています。

 標題の第2巻は本シリーズの導入的役割を持つ巻としても位置付けられています。他の巻同様、多数の気鋭の研究者が章ごとに担当し、最新の研究成果を盛り込みながら多角的にインド仏教史を解説しています。決して平明な入門書とは言えない部分もありますが、総論的な第1章から第2章「原始仏教の世界」第3章「仏教教団の展開」と読み進むうちに釈尊の生涯や教団の活動に親近感を持てるようになるはずです。とくに「造形と仏教」と題された第6章では、美術史研究者の島田明氏が仏塔崇拝に始まり、やがて仏像が誕生し、密教美術へと展開するインド仏教美術の流れを端的にまとめておられます。本書の性質上、様式や図像の特徴を主体とした美術史専門のテキストに比べ、作品を生み出した思想的背景や教団の在り方に重点が置かれている点で仏教美術を深く理解したい方々には注目に値する内容です。予備知識の充実を望まれるスクーリング受講生、また仏教や仏教美術の源流に興味のある方にも発見の多い一冊となることでしょう。もう少し欲張ってバラモン教、ヒンドゥー教の歴史を知りたい方には第1巻『仏教出現の背景』もおすすめです。 

*記事初出:『雲母』2011年7月号(2011年6月25日発行)


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