今月の一冊:新藤武弘『山水画とは何か ―― 中国の自然と芸術 ――』

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2013年9月9日

吉田智美(芸術学コース非常勤講師)

 本書は、山水画というものが中国においてどのように誕生し、展開したのかを辿るものです。古来、老荘思想や神仙思想のもと信仰の対象であった山水は、やがてその美しさによっても人々の心を捉えるようになります。本格的に山水画というジャンルが確立されたのは10世紀ごろのことです。

 しばしばその情趣性が強調される日本の絵画と異なり、中国の絵画は多くの場合、確たる理論の下に構成されています。私は日本絵画を研究しており、中国絵画のそうした部分に魅力を感じる一方で、理解するのになかなか苦労するところでもあります。本書には、そうした理論展開の概要についても、わかりやすく書かれています。たとえば、郭熙(11世紀)の最高傑作《早春図》を見てみましょう。この作品には彼の画論を著した書『林泉高致』の内容を視覚的に見て取ることができるといいます。新藤氏の言葉を借りるならば「山は活き物である」という見方や、それを描く手法として山頂を下から仰ぎ見る“ 高遠”、山間をのぞき見る“ 深遠”、水平な視点で眺望する“ 平遠” という「三遠」の視点などがそれで、そこには見る者を圧倒するような雄大な自然が見事に表現されています。
 一口に山水画といっても、長い歴史を通して描かれてきた山の姿は実に様々です。多様な姿で描かれる山水画が、どういった理論に基づいて制作されているのかをわずかに知るだけでも、作品を前に、また新たな視点が開けることと思います。

 そうした理論を含め時代ごとの代表的な画家やその作品を、逸話や文学も交えながら語ってくれる本書は中国絵画史の入門書としておすすめの一冊です。図版も多く掲載されているため作品を確認しながら読むことができますが、中国絵画の画集を横に置いて読めばさらに楽しめることと思います。新刊では入手しにくくなっているため、興味のある方は古本か図書館で検索なさってみてください。

*記事初出:『雲母』2012年1月号(2011年12月25日発行)


* コメントは受け付けていません。