観るたのしみ―17世紀オランダ・北方の静物画

カテゴリー: コースサイト記事 |投稿日: 2021年1月18日

田島恵美子(芸術学コース教員)

 芸術学コースのみなさま、2021年となりました。いつもとは異なるお正月を迎えた方も多いのではないでしょうか。もうしばらく不自由な状態が続きそうですが、今できることに目を向けて、少しでも有意義に過ごしましょう。
 例えば、家で過ごす時間で、お手持ちの画集やインターネットを利用した作品鑑賞はいかがでしょうか。特に解像度の高い図版は拡大してみることで細部の描写まで確認できる点において有用です。今回は、このような鑑賞に適した、細緻な描写を特徴とする17世紀オランダ・北方の静物画を2点、ご紹介したいと思います。

コルネーリス・デ・ヘーム 《朝食図》 1660-69年頃 油彩・オーク板 34×41.5㎝ ウィーン美術史美術館 ( https://www.khm.at/objektdb/detail/895/?offset=1&lv=list )

コルネーリス・デ・ヘーム 《朝食図》
1660-69年頃 油彩・オーク板 34×41.5㎝ ウィーン美術史美術館
https://www.khm.at/objektdb/detail/895/?offset=1&lv=list

 この目にも鮮やかな作品は、日中にとる軽い食事を描いたもので、食卓の静物画あるいは朝食の静物画とよばれます※1。17世紀のオランダでは、多くの食卓画が絵画市場で売られ、家庭の控えの間や応接室、食堂や台所に飾られていました※2

 
 
 画面には、深緑色の布が敷かれた台の上に、果肉を露わにしたレモン、葉をつけた葡萄の房、半分に割られたメロン、プラム、枝についたままのサクランボ、殻を割った牡蠣、銀(あるいは錫)※3の皿とその下にあるパン、銀の胡椒入れ、ナイフ、青いリボンのついた懐中時計が、三角形の構図で配置されています。
 注目したいのは、その迫真的な表現であり、徹底した質感描写が個々のモチーフを際立たせています。サクランボの艶、葡萄の皮についた果粉や粒のみずみずしさが見事に再現され、口に含んで皮を割ったときの食感までも想像させます。ざらついた外皮と対比して表されたレモンの果肉は、じっと見ているとその強い酸味を口中に感じさせるのではないでしょうか。また、画面中央を占めるレモンと牡蠣そして胡椒の組み合わせは、当時広く知られていた大衆医術の教えにならったもので※4、当時の人々は、たっぷりと汁を含んだ牡蠣の身にレモン汁、胡椒をかけて食した時の味や食感も思い起こすことができたのではないでしょうか。食卓の静物画つまり描かれた食事を、こんな風に「味わって」いたのかもしれませんね。
 このような触覚や味覚など感覚への作用は、各々のモチーフの外観の精緻な描写や質感の微妙な差異を描き分けることで実現された、実物を目の前にしているかのような錯覚効果に依ると考えられます。その職人的な技量は、胡椒入れなどの金属の表現―銀の鈍い輝きやレモン映り込みなど―やビロードを思わせる布の質感表現にも発揮されており、この作品の大きな魅力となっています。描かれているものをひとつひとつじっくり観ることで、「目の悦楽の静物画」※5を存分にたのしんでいただければと思います。

 もうひとつ、趣きが異なりますが、同じく細緻な描写が特徴的な作品をご紹介します。

フランドルの画家に帰属※6《巻貝と二枚貝のある静物》 17世紀後半 油彩・キャンバス 88.5×156cm ウィーン美術史美術館

フランドルの画家に帰属※6《巻貝と二枚貝のある静物》
17世紀後半 油彩・キャンバス 88.5×156cm ウィーン美術史美術館
https://www.khm.at/objektdb/detail/975/

 画面には、後景に暗い海の景色、そして南国を思わせる鳥のほか、多種多様な貝殻が、無造作に広げて並べおかれています。よく見ると、ひとつひとつが細部に至るまで丁寧に描き込まれており、同じものはほとんどありません。たくさんの形の異なる貝殻(数えてみると80以上あり)が、全てひとしく丹念に描写されています。これらは学問的にも正確に表されており※7、博物学的関心をもって各々をよく観察し、再現していったことがうかがえます。その結果出来上がった画面は、当時流行していた自然物の収集との関連を思い起こさせ、ここに表されている美しい貝殻も、とある収集家のコレクションなのではと想像されます※8。いずれにしても、多様な美しい貝殻を画面の中にひとつずつ見ていくのはとてもたのしく、当時の人々の好奇心に満ちた目をも大いに満足させたのではないでしょうか。

 

 その描写性において観る者の視覚に強く訴えるオランダ絵画については、例えば、当時の視覚文化-ものの見方や捉え方から説明されています。参考文献によれば、当時のオランダでは「注意深い眼差し」※9が重要な役割を果たしており、「細心の注意をもって事物を眺めそれを手で写し取ること」※10、それは「世界を構成する多様な事物の記録へとつながるもの」※11であり、「知識を獲得し世界を認識するための方法」※12でした。比例や幾何学に基礎おくイタリア美術に対し、北方では「経験的観察」※13が重視され、見たものを細部にわたって忠実に再現することに価値を置く※14、この態度がその芸術を特徴づけていると考えられます。このような視覚のあり方と芸術の関係については、文末の参考文献で詳しく述べられていますので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

 

 以上、17世紀に描かれた静物画について、特に視覚的な特質に焦点をあてて述べてみました。ここでは触れませんでしたが、静物画を構成するモチーフは象徴的な意味を担っていることも少なくなく、これらを読み解いていくことも知的で面白い作業です。が、その前にまずは、これらの作品の視覚的な体験-五官に訴えるような表現、質感の描き分け、細部にわたる徹底した描写、そしてそれを実現している見事な技巧を堪能していただければと思います。

 


1 『ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密展』p.85、86。
2 同上p.85。
3 同上p.86、88。
4 例えば体液医学では、4つの体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)を調整するために性格の異なった食材の特別な取り合わせが勧められているそうである。同上p.86、88。
5 同上p.85。
6 帰属は確定していない。イタリア人、ドイツ人、フランドル人、オランダ人、ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム等様々な意見があるよう。同上p.54。
7 同上p.53。
8 同上p.54。
9 『描写の芸術 17世紀のオランダ絵画』p.149、158。
10 同上p.133。
11 同上p.133。
12 同上p.133。
13 同上p.177、185。
14 『ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密展』p.30。

参考文献
カール・シュッツ、木島俊介監修『ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密展』(展覧会カタログ)、東京新聞、2008年
スヴェトラーナ・アルパース『描写の芸術 17世紀のオランダ絵画』幸福輝訳、ありな書房、1993年


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