拈華微笑 2021 (1):旅の思い出・西安

カテゴリー: コースサイト記事 |投稿日: 2021年2月7日

金子典正(芸術学コース教員)

  白日何短短
  百年苦易満

 唐代の詩人、李白は「短歌行」の冒頭で「白日は何と短いのだろう、百年もあっという間に満ちてしまう」と詠っています。「人生は短い、人生を楽しもう!」という意味ですが、コロナ禍のなか、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 「短歌行」といえば三国時代魏の曹操が詠った「酒に対してはまさに歌ふべし、人生いくばくぞ」が最も有名だと思います。実は李白の「短歌行」はそれほど有名ではなく、私自身もこの詩を知ったのはつい二年前、2019年の夏のことでした。当時、仕事で西安から甘粛省の嘉峪関まで旅した際、現地の中国人のガイドさんが「いま中国では唐代の西安を舞台にした《長安十二時辰》というドラマが大人気で、西安の観光客が増えている」という話を聴き、旅の間はそのドラマをインターネットで探してホテルで毎晩遅くまで見てしまったほどハマにりにハマった面白いドラマでした。そして、その主題歌が「短歌行」だったのです。李白は詩の最後を「北斗酌美酒、勧龍各一觴、富貴非所願,與人駐顏光」と締めくくります。「北斗七星で酒を酌んで、龍に一杯勧めよう。富貴は願うところではない、ただ歳をとらなければよい。」スケールの大きい、なんとも李白らしい李白ならではの詩ですよね。初めてこの詩を最後まで読んだ時、さぞかし美味い酒だろうなぁ~と、夜空の月を見あげて久しぶりに飲みたい気分になった記憶があります。《長安十二時辰》の「短歌行」はYoutubeにアップされていますので、ご興味のある方は是非みてください。

 さて、その時の旅の出発点だった西安は、かつては花の都長安として栄え、日本の奈良~平安時代の文化のルーツでもある大都市ですよね。市内には陝西歴史博物館、碑林、鐘楼、玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺など数々の観光名所がありますが、近年、西安駅の北側に大明宮遺跡公園が新たに観光名所として加わりました。大明宮は、メインの大極宮、玄宗ゆかりの興慶宮とあわせて唐代の皇帝が政務を執った場所で、現地の発掘によって往時の様子がかなり分かっており、その詳細は現地の大明宮遺址博物館で見学することができます。大明宮内には寺院も建立されていたようで、そこから仏像の頭部が出土しているのには驚きました。超一流の仏像なのですが、少し古風な様式をしていたのがとても面白かったです。

写真1:大明宮遺址博物館(外観)



写真2:大明宮遺址博物館の展示(仏像の頭部)

写真2:大明宮遺址博物館の展示(仏像の頭部)



 ところで、大明宮址でわたしが一番興奮したのが、博物館や仏像の頭部ではなく、正殿である含元殿址の見学でした。発掘成果と文献資料によって、建物の基壇がしっかりと復元されており、なんと基壇上に登ることができるのです。下の一枚は含元殿の基壇を南から北に向かって見上げた写真です。

写真3:大明宮含元殿址基壇(南側より)

写真3:大明宮含元殿址基壇(南側より)



 もう登る前から心臓はバクバクで、とにかく早く登って南の方角を一望してみたい!その気持ちで一杯でした。なぜなら、その景色こそが、かつての唐代の歴代の皇帝がみた景色だからです。緩やかな傾斜をのぼり、基壇の中央に立って南をみた景色が次の一枚です。

写真4:基壇の上からの眺め

写真4:基壇の上からの眺め



 もう「うぉぉぉおおおおおお!」の一言だけでした。空と大地のみ。とにかく全部がスケールがでかい。視線の遥か先には丹鳳門という巨大な正門が復元されています。そしてその先には西安の街が果てしなくひろがっています。中国各地を訪ねると、とにかくスケールの大きさを常に感じますが、それは現代に限ったことではなく、古代から連綿と受け継がれてきたことを改めて感じた瞬間でした。李白の「北斗七星で酒を酌んで、龍に一杯酒をすすめよう」という発想や感性も、こうしたところからくるのでしょうか。あぁ、月を見ながら美味いお酒をまた飲みたくなってきました。

 コロナ禍で閉塞気味の毎日が続きますが、リラックスして豊かな時間をなるべく多く過ごすように心がけたいものです。美味しいお酒と肴、音楽、そして素敵な思い出があれば十分ですね。一杯一杯また一杯。それではまた。


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