今月の一冊:冨島義幸『平等院鳳凰堂:現世と浄土のあいだ』 吉川弘文館、2010年、ISBN:9784642080323

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2013年9月9日

杉﨑貴英(芸術学コース教員)

 宇治平等院の鳳凰堂といえば、“平安貴族の浄土への憧れを今に伝える国宝建築” として、安置される阿弥陀如来像や雲中供養菩薩像とともにあまりにも有名です。そんな鳳凰堂についてのわかりやすいガイダンス・ブックかな…とも受け取れそうなタイトルですが、実は通説的な理解をトータルにとらえなおす、知的挑戦の書なのです。
 
 日本建築史の研究者である著者は、「鳳凰堂をめぐる五つの謎」をプロローグとして挙げ、「鳳凰堂を『現世に作り出された極楽浄土』としか評価できないならば、近代学問はあまりにも貧しいものではないだろうか」と提起します。すなわち本書は、謎解きの挑戦であると同時に、既存の学問の枠組みに対する挑戦の書ともなっています。

 さきに大著『密教空間史論』(法蔵館、2007年)をまとめられた冨島氏は、鳳凰堂をめぐってこれまでにも部分的な指摘はなされていた密教の要素を注視しつつ、「来迎の描かれない来迎図」「阿弥陀曼荼羅としての鳳凰堂」など、これまで誰も論じなかったいくつもの視点から、鳳凰堂を総合的にとらえなおしていきます。その一連の所論は、歴史教科書を通じて多くの日本人に長年にわたり刷り込みがなされてきた「浄土教中心史観」から、また、建築史、彫刻史、宗教史など分野ごとの「縦割りに細分化された学問の限界」から、鳳凰堂を解き放つ挑戦なのです。
 
 「鳳凰堂の研究は、知的なよろこびとおどろきの連続だった。私は、阿弥陀信仰をめぐる多様なイメージを一つの作品として表現すべく、これほどまでに綿密に計算された建築作品をほかに知らない」──本書を読み終えた後、著者があとがきで記すこの感慨を、読者も共有できるはずです。

*記事初出:『雲母』2011年5月号(2011年4月25日発行)


* コメントは受け付けていません。