今月の一冊:塩澤寛樹『鎌倉大仏の謎』〈歴史文化ライブラリー295〉

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2013年9月9日

杉﨑貴英(芸術学コース教員)

 古都の風景にとけこむ青銅の巨像、鎌倉大仏(阿弥陀如来坐像、国宝)を訪れたことのある方は多いでしょう。唱歌「鎌倉」にもうたわれるこの「露座の大仏」は、鎌倉のランドマーク的存在です。しかし本書の冒頭で「意外なほどに基本的なことが分かっていないのである」と著者が記すように、また清水眞澄氏の『鎌倉大仏─東国文化の謎』〈有隣新書13〉(有隣堂、1979年)もその書名に題するように、さまざまな謎に包まれています。いつ? 誰が? なぜ? ──それを直接に語る史料は全くないうえに、尊名を釈迦と記していたり、先に完成した木造の大仏と現在の大仏との関係がよくわからなかったり、数少ない史料についてもどう整合的に解釈するかが問題となってきました。

 清水氏の名著から30余年、新たな謎解きの挑戦が本書です。誰が、なんのために。勧進上人浄光の人物像は、幕府の関与とその意図は。そもそも、なぜ阿弥陀如来なのか。等々──前著『鎌倉時代造像論』(吉川弘文館、2009年)でも大仏を論じた著者は、彫刻史分野での論及はもとより、社会史や考古学など、中世の鎌倉をめぐる諸分野からの研究成果をも汲み上げ、ときに批判しつつ、大仏の謎に分け入っていきます。研究史上のアポリアに対して打ち出される「新・木造大仏原型説」は、本書のみどころの一つです。

 しかし本書の魅力は、鎌倉大仏を軸とした当期の美術社会史への道しるべとなっている点にこそあるでしょう。著者が前著で提唱した、「幕府造像」という視点による大仏造立前史(運慶による造像など)の略述もなされています。そして巻頭で「二元的展開としての鎌倉時代」という視点が読者に示されているように、ひろく鎌倉時代をどうとらえるか──著者は「鎌倉に新大仏が出現した時代」と定義しうると述べています──についても、本書は豊かな示唆を与えてくれるのです。

 「書き進むうち、あらためて感じたのは、鎌倉大仏という存在の大きさ、重要性である」とは「あとがき」の一節ですが、本書を読み終えるとき、必ずや同じ感慨をおぼえることでしょう。鎌倉には何度も親しんできたという方にも、本書に親しんでの大仏再見をおすすめします。

*記事初出:『雲母』2012年2月号(2012年1月25日発行)


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