『雲母(きらら)』は本学通信教育部の補助教材です。その記事の一部を転載して紹介しています。

…『雲母』では、シラバス訂正、スクーリングや講演会など、学生の皆さんにとって大切な情報や、教員の近況についてお知らせしています。皆さんの御自宅にも送られていますが、ウェブサテライトの「京都芸術大学通信教育部サイバーキャンパス|デジタルキララ」(要ID・パスワード)で閲覧できますので、一度は目を通しておきましょう。
…また『雲母』では「今月の一冊」や「拈華微笑」など共通のテーマを毎年度設け、リレー連載を行っています。教員たちがそれぞれの専門から興味深い記事を寄せています。ぜひ皆さんの学習の一助としてください。なお、「過去サイトの記事」も大いに参考になりますので、あわせてご活用ください。

小林留美(芸術学コース教員)

 今回紹介したい『美学への招待』は、日本の美学会(1950年創設)会長を務め、“美学のプロフェッショナル”である佐々木健一によって、“これまで美学を学んだことのないひとを、この学問へと導く手引き”として書かれたものです。18 世紀半ばの西洋において、美と芸術と感性とを主題とする哲学として提起された、美学Aestheticsという学問の成立の状況を前提として第一章にまとめ、その後の7 つの章で、センス、ミュージアム、コピー、身体、等々をトピックにして、現代の芸術(実はこの言葉については、“藝術”と“アート”という2 つの用語を意識的に分けて使用していますが)を巡る様々なシーンを“日常的に抱く素朴な思想や疑問を手がかりに”解きほぐし、さらに最終章で近未来に向けての課題を描写するという構成を取っています。

大森弦史(芸術学コース教員)

 秋深まりゆく今日この頃いかがお過ごしでしょうか。11月に「近現代美術1b」を担当する大森弦史です。受講者の皆さんには、ひと足早くご挨拶を申し上げます。  さて今夏、島根県立美術館・横浜美術館を巡回した展覧会「フランス絵画の19世紀」をご覧になった方もいらっしゃることでしょう。タイトルからは、バルビゾン派やら印象派やらを連想してしまうところですが、アカデミズムに焦点を当てた珍しい構成でした。

高橋千晶(芸術学コース教員)

 テレビやインターネットなど映像の多様化が進むなかで、「メディア・リテラシー」という言葉が登場して久しい。「リテラシー」とは字義通りには「読み書きする能力」であるが、メディア・リテラシーでは、その意をもう少し広く捉え、現代の情報社会を生きる観者がメディアを主体的に批判・評価していく姿勢と定義されている。

今月の一冊:芸術学関係雑誌について

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日:2011年8月20日

杉崎貴英(芸術学コース教員)

 この「今月の一冊」欄、通常は新刊を中心に単行本をとりあげるのですが、年度始めにあたり、今回は芸術学関係の雑誌をいくつか紹介することにしました。 まず『芸術新潮』(新潮社、毎月25 日発売)。国内から海外まで、古美術から現代アートまで全般を対象とする雑誌です。話題の展覧会にスポットを当てたり、最近のニュースにちなんだりする毎号の特集は、読みやすくもボリュームたっぷり。芸術系大学に学んでいるからには、少なくともこれだけは毎月チェックしましょう。

梅原賢一郎(芸術学コース教員)

 滝田洋二郎監督の『おくりびと』が、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞したことは、まだ記憶に新しいことです。葬儀のとくに「納棺の儀」を執行する、納棺師を描いた作品でした(観られたかたもたくさんおられると思います)。  映画に関連して、ある宗教人類学者が、NHKの番組で、次のようなことをいっていました。

水野千依(芸術学コース教員)

 芸術と宗教が袂を分かって久しい今日、ふたたびその分水嶺に立ち戻り、像の地位や機能を歴史人類学的に問い直そうとする動きが美術史学において高まっている。本書もまた、造形芸術が自律性を獲得する以前に多くの崇敬を集めた聖遺物に目を向け、「もの」と「像」との複雑な価値付与のメカニズムと崇敬の身ぶりを広範に論じた示唆に富む一冊である。

小林留美(芸術学コース教員)

 『シュルレアリスムのアメリカ』というタイトルから、まず、どのような芸術家や作品を、またどのようなトピックスを連想するか、それはこの欄を読まれている皆さんの美術史的知識と関心とによって様々でしょうが、いずれにせよ、簡潔にして魅力的なタイトルには違いありません。そして、「つまるところ、本書はブルトンとグリーンバーグの言説を両軸として構成されるシュルレアリスム美術論であるといっていい」という序の一文が、端的に本書の主旨とその刺激的な論考とを示唆しているでしょう。

中野志保(芸術学コース教員)

 従来、美術史研究において、テクストは、視覚的イメージ(以下、「イメージ」とする)を読み解くための手段であり、他方、歴史学や文学史の研究において、イメージは、テクストを補足するものと捉えられてきた。しかし、本書は、イメージとテクストを「分離させて一対一対応で関係性を云々するのではなく、一体化させたうえで、問題群を論ずる方向を拓く、そのための方法論」を模索することを目的に編まれている。